腱板超音波診断のPit-fall

Pit-fall of the Ultrasonographic evaluation of the Rotator cuff tear

1)緑市民病院整形外科, Midori Municipal Hospital 2)名古屋市立大学第二解剖学

1)杉本勝正、井口普敬、久崎真治 Katsumasa Sugimoto, Hirotaka Iguchi, Shinji Hisazaki

2)藤森 修 Osamu Fujimori

key words : 腱板(Cuff tear), 超音波( ultrasonography)


 我々は1986年以降、肩関節外来診療において超音波断層法を補助診断法として用いてきた。腱板断裂の診断における有用性を数多く報告してきたが、未だ診断率100%には達していない。病理組織と超音波画像との対比により、断裂部は低エコーに、変性は高エコーに超音波像では描出されると報告してきた。しかし、正常の腱板においても低エコーを呈する傾向がある部位が存在することが最近判ってきており、超音波診断のPit-fallとなり得る。今回正常な腱板において、超音波画像上低エコーを呈する部位を解剖屍体を用いて確認した。

対象及び方法

解剖屍体3体、4肩関節の腱板を上腕骨頭に付着させた状態で採取し、肉眼的に腱線維方向、密度、厚み、腱板と関節包との関係を確認した。これら4関節に肉眼上腱板断裂などの異常所見を認めなかった。さらに短軸像に一致するスライス面で腱板を切り、腱板と関節包との関係を中心に肉眼的、組織学的に観察した。超音波検査は2肩関節に行い、棘上筋腱の前方から後方にかけて長軸、短軸像で撮像し、腱板の低エコー領域を呈する部位を同定した。Fig.1棘上筋前縁の解剖 腱板疎部からの関節包と厚く硬化した腱実質

 Fig.2棘上筋前縁の超音波像(解剖屍体) 関節包面に低エコーを認める

 Fig.3棘上筋前縁の超音波像(正常例) 関節包面に低エコーを認める

結果

棘上筋腱の前縁には腱板疎部からの関節包が下層に存在し、同部が低エコーとなった。また棘上筋腱前縁は厚く硬化しており、その下は低エコーとなる傾向があった(Fig.1, 2,3)。棘上筋腱と、棘下筋腱線維が交叉し交わる棘上筋腱後方1/3は腱の走行が異なり、また関節包側は比較的腱線維が疎で、関節包実質が襞上に厚くなっているために低エコーとなる傾向が見られた(Fig.4,5,6,7)。組織学的にも棘上筋前縁と後縁は腱線維が疎となっていた(Fig.8)。このように棘上筋腱前方と後方は関節包面に低エコーを呈する傾向があったが、実質の1/2以上にはならなかった。

Fig.4棘上筋後縁の解剖 棘下筋からの腱が棘上筋腱を覆っている

Fig.5棘上筋後縁の解剖(関節包側) 関節包実質が襞上に厚くなっている

 Fig.6棘上筋後縁の超音波像(解剖屍体) 関節包面に低エコーを認める

Fig.7棘上筋後縁の超音波像(正常例) 関節包面に低エコーを認める

 Fig.8腱板の組織像 棘上筋前縁と後縁は腱線維が疎となっている

考察

Clarkらは腱板を腱線維や関節包、靭帯との関連から詳細な検討加え、腱板が単一の腱組織ではなく、5層に分れ、複雑に腱線維、関節包、靭帯が重なり合って作られた組織であると報告した(Fig.9)。皆川らは腱板の筋内腱ー筋外腱を観察し、棘上筋の筋内腱が主に前方1/3に移行しているのに対し、他の腱板構成筋では均一に筋内腱が分布していることを、また棘下筋は棘上筋後方1/3を上方から覆いかぶさるように存在することを報告した(Fig.10)。このように腱板は単一の腱組織ではなく複雑に種々の腱線維が構成する組織であることが報告されている。我々は以前より腱板の超音波検査後の手術に際し、正常な腱板でも超音波画像上、特に関節包側に低エコーを呈する領域があることを経験してきた。そこで今回解剖屍体を用いて正常腱板でも超音波画像上低エコーを呈する傾向のある領域を確認した。今回の肉眼的観察により棘上筋前縁は腱板疎部から関節包が入り込んでおり、また棘上筋前縁の筋内腱からの移行したと思われる腱線維が厚く存在するため、関節包側は低エコーとなり易いことが理解された。棘下筋が棘上筋と重なり合う後方1/3では棘下筋からの腱線維の下に棘上筋の比較的疎な腱線維が存在し、かつ関節包も厚く襞状となっているため、関節包側に低エコーを呈する可能性が大きかった(Fig.11)。しかし、いずれもその部位が腱実質の1/2を越えることはなく、したがって低エコー領域は実質の1/2をこすことは無かった。今回用いた屍体数は3体と少ないため、もっと大きなバリエーションのある可能性があり、今後症例を増やして検討していく必要がある。棘上筋の内部エコーに低エコーを認めた場合、特に前方部と後方部に腱実質の1/2以下の症例では正常例でも存在することを理解し診断する必要があると思われた。

まとめ

1)解剖屍体4肩関節の腱板を肉眼的に観察した後、2肩関節に対し超音波検査を行った。

2)棘上筋前縁の関節包と腱実質は厚く、超音波像上、低エコーとなる。

3)棘上筋後縁の関節包側は棘下筋線維と重なる部位を中心に腱線維が疎で、かつ関節包が厚くなっているため低エコーを呈する。

4)棘上筋前縁と後縁は関節包側に正常でも低エコーを呈する可能性が大きいが、実質の1/2以上となることはまれである。

 

 

文献

1)Clark J.M.: Tendon, Ligaments, and Capsule of the Rotator Cuff. J.Bone and Joint Surg. 74-A:713-726, 1992.

2)皆川洋至、 他:腱板を構成する筋の筋内腱ー筋外腱移行形態について. 肩関節. 20:103-110, 1996.


連絡先氏名:杉本勝正, Katsumasa Sugimoto

   住所:458、名古屋市緑区潮見が丘1ー77

      緑市民病院、整形外科

     Dept. Orthopaedic Surg., Midori Municipal Hospital 

1-77, Shiomigaoka, Midori-ku, Nagoya, Japan

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