成人股関節周辺の外傷の超音波像

亀田第一病院 整形外科

渡辺研二、村岡幹夫

 超音波検査は、無侵襲であるだけでなく、機動 性があり、予約検査がしにくい外傷の補助診断として利用される機会が多くなってい る。今回、平成10年5月から平成11年4月までに、当院において股関節周囲の外傷でX 線検査から骨折を診断できなかった症例の内、超音波検査およびMRIまたはCTで異常 があった症例は7例あり、これらについて超音波検査の意義を検討した。


[ 症例]
症例1. T.N 70歳、女性 しゃがんだ姿勢から立ち上がる時に左股関 節に疼痛出現、歩行できたが6週間経過するも疼痛軽減せず、当院受診した。X線検査 では異常は認められなかった(図1a)。超音波検査では健側に比べ、軽度股関節関節腔の拡大を認める(図1b,c)。後日のMRIで内側頚部骨折と思われる低信号域を大腿 骨頚部に認めた(図1d)。

 
 症例2. H.H  91歳、女性、家の中で転倒し、右股関節痛出現、救急車にて当院にはこばれた。X線 検査では異常は認められず(図2a)、超音波検査では健側に比べ、右側腸腰筋と外側 広筋の幅の拡大とエコー輝度の増強を認める(図2b,c)。後日のMRIで頚部外側骨折 と思われる低信号域を大腿骨頚部に認めた(図2d)。

 
 症例3. S.A 84歳、女性 老健施設内で転倒し、左股関節に疼痛出現、歩行困難 となり翌日当院受診した。X線検査では異常は認められず(図3a)、超音波検査では 健側に比べ、左側腸腰筋の幅の拡大とエコー輝度の増強、軽度股関節腔の拡大を認め る(図3b,c)。後日のMRIで外側骨折と思われる低信号、高信号域を大腿骨頚部に認< BR> めた(図3d)。


 症例4. K.K 84歳、女性  家の中で転倒し、右股関節に疼痛出現したがなんとかつかまり歩行していた。しか し、転倒から2週後、疼痛増強し歩行困難となり当院受診した。X線検査では異常は認 められず(図4a)、超音波検査では健側に比べ、右側腸腰筋と外側広筋のエコー輝度の増強と股関節関節腔の拡大を認める(図4b,c)。後日のMRIで大腿骨頚部から転子 下に骨折と思われる範囲の広い低信号域を認めた(図4d)。


 症例5. F.K 84歳、男性 自転車に乗って転倒し、右 股関節に疼痛出現、歩行困難となり翌日当院受診した。X線検査では異常は認められず(図5a)、超音波検査で腸腰筋の幅の拡大とエコー輝度に左右差は無いが、右側に 軽度股関節腔の拡大を認める(図5b,c)。後日のMRIで右大転子骨折と右股関節内に貯留液と思われる所見を認めた(図5d)。


 症例6. F.M 88歳、男性 老健施設内で転倒し、左股関節に疼痛出現、歩行困難 となり翌日当院受診した。X線検査では異常は認められず(図6a)、超音波検査でも前 方からの大腿骨頚部軸に沿った検査では明らかな異常は認められなかった(図6b)。後 日のMRIで大転子骨折と思われる所見と左の臀部に出血と腫脹と思わせる所見を認めた(図6c)。


 症例7. H.S 70歳、 男性 歩行中車と接触し受傷、当院に運ばれた。左股関節部痛を訴えたが、X線検査 では異常は認められず(図7a)、前方からの大腿骨頚部軸に沿った超音波検査で左腸 腰筋の輝度の増強を認め(図7b,c)、前方から恥骨に沿う検査で腸腰筋の輝度の増強 (図7d,e)と恥骨結合部での左恥骨の変形を認めた(図7f)。後日のCTで左恥骨骨折 を認めた(図7g)。


[症例の内訳と結果]
 股関節周囲の骨折でX線診断が困難であった7症例の内訳は、大腿骨内側骨折1例 、大腿骨外側骨折2例、頚部から転子下骨折1例、大転子骨折2例、恥骨骨折1例であった。これら7症例の内、大転子骨折の1例を除く6例は大腿骨頚部の軸に沿った前方からの超音波検査で関節腔の拡大や筋肉の幅の拡大やエコー輝度の増強などの異常所見 が認められた。


[考察]
 股関節周囲の骨折によって股関節腔内に出血 がおよべば関節腔が拡大する。また、骨折によっておこる周囲の筋組織の腫脹を筋肉 層の幅の拡大とエコー輝度の増強から大腿骨頚部の軸に沿った前方からの超音波検査 は股関節周囲の骨折を疑わせる。しかし、大転子骨折2例のうち1例は大腿骨頚部の軸 に沿った前方からの超音波検査で骨折を疑わせる明らかな所見は得られなかった。こ の例はMRIから理解できるように股関節後方部の腫脹が主で前方および関節内の変化 が少なかったため前方からの超音波検査で異常所見が認められなかったと思われる。 従って今後、大転子の骨折を疑った場合、大殿筋や直接大転子に対してアプローチし てみる価値はあると思われる。また、恥骨骨折は恥骨前方にある腸腰筋が腫脹するため、大腿骨頚部骨折と同様に超音波検査は診断に有用であると思われた。