体表軟部組織の超音波診断の基礎

国立大学法人筑波大学人間総合科学研究科
筑波大学附属病院乳腺甲状腺内分泌外科
植野 映

超音波診断装置とは
 乳房超音波診断の開発が始まってかれこれ50年以上の歴史を迎え、本年の5月11日には、NHKプロジェクトXにてこの歴史が放送されたことは記憶に新しい。
超音波診断装置の基本は、音を電気信号に変換することにある。この基本を理解するには、私たちが使用するマイクロホンやスピーカーの原理を思い浮かべていただきたい。声の力すなわち音圧が加わるとマイクロホンの振動子は変形し、電位差が生じる。このわずかな変化をアンプで増幅し、スピーカーに電位差を与えるとスピーカーは、多くの聴衆に聞こえる音を発生する。この電位差の生じる現象をPiezoelectric現象といい、マダムキューリーの夫、Pierre Curie (France 1859-1906) が発見した。
音から電気に変換するのを圧電正効果、電気から音に変換するのを圧電逆効果といい、この現象を有する物質は圧電物質という。圧電物質は正、逆の両方の効果を合わせ持ち、超音波の診断装置では、はじめにスピーカーに当たる振動子から超音波を発生させて、生体内から得られるエコーを同じ振動子で捕らえて画像化している。超音波は断続的に発生させているためパルスエコー法ともいわれる所以である。

二次元の超音波画像(Bモード)
 音の振幅の強さを輝度に変調し、走査することによって二次元の断層像が得られる。輝度変調brightness modulationのBをとってBモードと呼ばれる。この二次元画像の形態診断が、超音波診断の基礎となっている。

グレイスケールについて
Kossoffらがグレイスケールを開発し(1970)、これが現在、利用されている超音波画像の標準となった。グレイスケールとは、信号を対数的に増幅したものである。これにより白黒の悉無律の画像がグレイ調の画像として描出されるようになった。

分解能
 空間分解能とは二点の識別能力をいう。超音波は周波数が高ければ高いほどに空間分解能は向上する、その反面、超音波の減衰は強く深部に到達しない。整形外科の領域は比較的浅い組織が対象となっており、高周波の探触子が利用可能である。
リアルタイム 実時間式超音波診断
 振動子を振り子運動させ、一本のビームを高速度に扇形に振ることにより、Bモードの動画像が得られるようになった。これがリアルタイムの始まりである。その後、ビームの走査を電気的なチャンネル用いて行う方法を荻原、入江らが開発し、電子スキャンが登場した。1秒間に8〜60枚の画像が描かれている。

インターベンショナル手技
リアルタイムの操作性の向上により、インターベンショナルな手技の発展をみた。はじめは、アタッチメントを探触子に付け、針をガイドさせて行っていたが、徐々に、より正確で簡便なフリーハンドへと変化した。交差法と平面法とがある。

カラードプラ Color Doppler
 超音波医学会の用語診断基準委員会では、Dopplerをドプラと表記する。ドプラ信号の検出の基本は、うなりの回数の同定にある。周波数の異なる音叉の音を合わせるとうなりが生じる。これと同様のことを生じさせるためにはじめに放射した超音波を参照波と重ね合わせてうなりを得る。これがドプラシフトである。カラードプラにはこの計算を容易にするために自己複合相関法が応用された。
 
造影剤の開発
 血管系の造影剤として、はじめに二酸化炭素が使用され、その後、気泡を含む物質を利用した造影剤ガラクトース・パルミチン酸混合物(Levovist)が開発された。コーヒーに角砂糖をいれた時に泡がフツフツと出てくるのと同じ原理である。生体内においてこの造影剤が入ると細かい気泡が出現し、血液が造影される。

ディジタル画像の出現
 取り込んだ超音波信号を直ちにディジタル化することにより、さまざまな計算処理が可能となっている。フルディジタルの診断装置では、得られたアナログの超音波信号を直ちにディジタル信号に変換し、種々の信号処理を行っている。中でも近距離の音場で焦点が絞れるようになったことは、整形外科領域の超音波診断に恩恵を与えている。
ディジタル化は、その他、ハーモニックイメージング、パノラミックイメージング、組織弾性映像などの開発につながった。

ハーモニックイメージング
 深部の臓器を高周波の超音波でみるのが最大の目的であるの。まだ、体表には有効とはいえない。しかし、近い将来、高周波の第二次高調波でさらに分解能の優れた診断装置が開発される可能性が残されている。

パノラミック画像
 SIEMENS社がSIESCAPEとして開発した。現在では、多くの診断装置に搭載されている。広範囲の画像を提供し、他者への説得力が増大した。これも自己相関法の応用であり、フルディジタルにして始めて可能となった手法である。前の相と次の相とを比較しながら、画像をつなぎ広範囲の像を形成する。整形外科領域では特に有用性が高い。

超音波CT画像
 X線CTとはアルゴリズムが異なるが、複数の方向から超音波を照射して合成像が形成される。超音波の陰影が抑制され、画質が良好となっている。

組織弾性映像 Elastography
 癌腫や転移性リンパ節では組織の弾性が低下するため、その弾性率の違いから映像を形成する。世界に先駆けて、椎名毅が実用化した。乳癌においてはその進展範囲が視覚化されている。

超音波組織特性
 乳癌の診断に際しては、組織の組成と構築を念頭におきながら診断している。中でも組織内での減衰、後方散乱は重要な要素となっている。

超音波の減衰
 線維組織は超音波を減衰させる。繊維成分が増加すると腫瘍の後方のエコーの輝度は低下する。

後方散乱Back Scattering
 超音波ビームより小さい散乱体の集合を群反射体といい、これが存在するとその組織のエコーレベルは上昇する。

終わりに
 体表臓器の超音波診断学として乳房に利用されている内容を述べたが、整形外科領域と共通するところが多く、これらの知見が当領域に参考になることを願う。